「普通」の生き方

先月11月15日に、ご結婚されたサーヤ様こと黒田清子さん。ご夫妻が披露宴会場に入ってこられたさいに、バイオリンの生演奏が流れました。お二人の門出を祝った音楽は、パッヘルベルのカノン。清子さん自らが選曲した曲だったそうです。



このパッヘルベルのカノンを聞いてまっさきに思い浮かんだのは、随分昔、私が学生だった頃見た映画、『普通の人々』(ロバート・レッドフォード初監督)。カノンは、この映画の中の一番のクライマックスで流れる曲です。
映画の内容は、二人の息子のいる普通の家庭が、長男の事故死によって少しずつ崩壊していくというもの。崩壊していく過程の中で傷つき心を病んでいく次男。そしてすべてが氷解したのち、彼は絶望の淵から心の再生に向かって、文字通り一歩一歩き始める。その印象的なシーンに、この曲がかぶさって流れるのです。

この映画でも象徴的に取り上げられる「普通の人々」による「普通の生活」。
でもいったい、普通に生きるって、何なのでしょう。
私のブログのタイトルには、「普通」という言葉が入っています。それはきっと、私がそうありたいという願望です。普通って、平凡とは違います。辞書で調べると、「ひろく一般に通じること」と書いてあります。つまり普遍性という意味を持っているのですね。普通を極める事は、すべてに通じるものがあるのかもしれません。普通である事は簡単そうに見えて、もしかしたらすごく難しいことかもしれません。

TVドラマ『木更津キャッツアイ』(脚本:宮藤官九郎)の中で、ガンで余命が少ない主人公の野球少年が、慕っている女教師に、自分のボールにひと言書いてもらうシーンがあります。その言葉が、「普通」。
死を目前に控えた少年は、残された数ヶ月を必死に「普通」に生きようとします。いつもどおり仲間とバカをやり、好きな野球をして・・・。

生きるからには、人が学歴や名誉や地位やお金など色々なものを求めるのは、ある意味当たり前のことかもしれません。
だけど年を重ねてきてみると、「普通」というのは、思った以上に価値のあるものだと、やはり気付くようになります。
とりたててすごい事をしなくても、今自分がいるその場所で、「普通」に生きる。自分の良心に従って、心に恥じることはしない。そして自分の子供に恥じるような、そんな大人の姿を子供には見せない。こんな普通の事、これだけでも今の社会では、かなり難しい事なのかもしれません。

日本人は、他国の人と違って宗教心が絶対的な意味を持っていません。「天知る地知る我知る人知る」ということわざは、天(神)が見ているだけではなく、人が知るからと続きます。一番大事なのは、他人にどう見られるかという事なのでしょうか。だからつい人に気付かれなければ、ルールにないなら、人としていけないことをしても構わないと思いがちなのかもしれません。

「普通」に生きるって、難しい。だけど、本当に「普通」をまっとうできれば、その生き方は、最高に格好いいものだと思うのです。

(注:この記事は、以前に書こうとしていて書きそびれた記事。ちょっと話題は古くなったけど、何とか今年中にアップできました。)
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by riro11 | 2005-12-28 23:58 | 風趣


花が咲こうと咲くまいと、生きていることが花なんだ      (by イノキ)


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